優しい色彩と暖かな黄色い光、幽玄なる神話の世界を描いた画家、モーリス・ドニ。
「踊る女たち」 1905年 国立西洋美術館
そのやわらかい感じが大好きで、画集を買おうとしたのも束の間…。
なんと、ドニの画集って殆ど売ってないのです。見つけた!と思ったら、何語かわからない外国の本だったり…。ドニの絵が入っているナビ派の本とかはあるんですけどね。
何ででしょうか、日本ではあんまり人気ない…のかな?国立西洋美術館にだって何点も所蔵品があるのに。
日本人って何故か印象派が好きな人多いです。モネやゴッホが大人気。
それでも何とか、何年も前に開催されたらしい「ドニ展」の図録を手に入れることができました。あとその他参考文献を以って、モーリス・ドニの紹介をしたいと思います。
モーリス・ドニとは
「ル・プリウレ(自宅)前の自画像」 1916年 ウフィツィ美術館
モーリス・ドニ(1870年-1943年)はフランス・ノルマンディー地方出身で、ナビ派と呼ばれる系統の画家です。
「ナビ」とはヘブライ語で「預言者」という意味で、詩人「アンリ・カザリス」が命名しました。時代を導くような新しい絵画の表現を切り開いていくと言う思いが込められています。
ドニの家庭は裕福で、ふたつの画学校に通って絵画を学びました。
この自画像からも、その大らかで余裕のある表情が見てとれます。色使いも暖かでやわらかく、彼の人柄もそんな感じだったのでしょうね。
また、敬虔なカトリック信者で、聖書のお話を題材にした作品を多く残しています。あと海や海岸、泉など水周りの絵も多いです。
以下はドニの有名な言葉で、『新伝統主義の定義』(1890年)という論文にあるものです。
絵画が、軍馬や裸婦や何らかの逸話である以前に、本質的に、ある順序で集められた色彩で覆われた平坦な表面であることを、思い起こすべきである
ドニは絵の画面にある色彩の秩序を追求し、図形や柄とモチーフを一体化させることで、平面的な構成の美しさ・装飾性を得ようとしました。
それはドニの殆どの作品に共通するエッセンスで、これから紹介する絵画からも見ることができます。
「行列(白い花を持つ少女たち)」 1891年
アーサー・G・アールトシュール夫妻蔵
並んでいる少女たちがレリーフのように描かれています。太い主線と面を組み合わせた、奥行きを感じさせない平面構成。まるでアールヌーボーの世界を先取りしたようです。
ドニの絵画・そのエッセンス
こちらは宗教的な題材の絵のひとつ。
「キリストの墓を訪う女たち」 1894年 モーリス・ドニ美術館
手前は「生前イエスに仕えていた女性たち(右)が彼の墓を訪れると、2人の天使(左)が現れてキリストの復活を告げる」という聖書の場面。
奥側は「復活したイエス・キリスト(オレンジ色の人物)が、マグダラのマリア(その左下で跪いている)の前に現れる」場面が描かれています。
手前が影になっていて、奥に陽が射しているところが印象的な絵です。ふたつの場面をひとつの絵にまとめた感性が面白いですね。
ドニの絵って全体的に光が黄色っぽいので、夕方っぽく見えますがこれは朝です。
「セザンヌ礼賛」 1900年 オルセー美術館
セザンヌの絵画と画家「オディロン・ルドン」、彼を囲む若い画家たち(ナビ派の面々)が描かれた作品。
ここは画商「アンブロワーズ・ヴォラール」のお店の中で、描かれている人物の配置はこんな感じです。
左から、
- 画家「オディロン・ルドン」
- 画家「エドゥアール・ヴュイヤール」
- 批評家「アンドレ・メルリオ」
- 画商「アンブロワーズ・ヴォラール」
- 画家「モーリス・ドニ」
- 画家「ポール・セリュジエ」
- 画家「ポール・ランソン」
- 画家「ケル=クサヴィエ・ルーセル」
- 画家「ピエール・ボナール」
- ドニの妻マルト
となっています。
絵を描く仲間が集って、尊敬するルドンを囲み、会合を開くさまはパーティみたいでなかなか楽しそうです。
「子供の身づくろい」 1899年 個人蔵
こちらはドニの妻マルトと、次女のベルナデットの絵。
装飾的な服の柄や、背景の遠近感を殺した配置も特徴的ですが、やはり家族を描いたものだけあって、穏やかで愛に溢れた画家の目線が感じられる一枚ですね。
好きなドニの絵
「緑の樹のある風景」 1893年 オルセー美術館
ドニの作品の中で、私が一番好きな絵です。
なぜかと言うと難しいのですが、まず線の美しさ(縦線と横線の組み合わせ)と、絶妙な広さの単純な面(緑色の部分)があること。それでいて遠景は複数色で描かれており、その組み合わせを美しいと感じるからだと思います。修道女っぽい人々と天使にも物語性を感じる…。絵本や聖書の挿絵みたいですね。
この作品は「ケルデュールのブナ林」とも呼ばれているそうで、「ケルデュール(kerduel)」とは「アーサー王物語」のアーサー王が住んでいたと言われるお城のことのようです。もしかしたら、ほんとに物語の挿絵のイメージだったのかも?
画家本人もこの絵をとても気に入っていたようで、書斎に終生飾っていたそうですよ!
「葉むらの中の梯子」 1892年 モーリス・ドニ美術館
こちらは画家「アンリ・ルロール」のために描いたとされる天井画。青い空とオレンジ色の影を帯びた女性たちの、補色の組み合わせが美しい一枚です。
奥が青空で、手前が木陰だとすると逆光になるような配置ですが、そうせずに奥と手前の明度を揃えることで、平面的に見えるような工夫がされています。
いかがでしたか?
短い記事ですが、モーリス・ドニの作品の魅力を少しでもご理解頂けたら幸いです。
ドニは絵画史の中で、ピエール・ボナールと並んでナビ派を代表する画家であり、平面的絵画の道を切り開いて邁進した偉大な画家です。
また、やっぱりこの辺りの時代って、おおよそ100年足らずの時間の中で、近代絵画の父セザンヌ、印象派からポスト印象派、ポン・タヴァン派、ナビ派、象徴派と様々なグループが広がり、それらが互いに深く関わっていたことを思うと、留まることを知らない進化があった、すごい時代だったんだなと、感動を覚えてなりません。
参考文献
「モーリス・ドニ展」図録(1981年)
「ポン・タヴェン派とナビ派」展カタログ(1987年)
「印象派を超えて-点描の画家たち」図録(2013年)
※作品画像はパブリックドメインのものを使用しています。