私がオディロン・ルドンと言う画家を知ったのは、「怖い絵」を集めた冊子を見ていた時、有名な「目玉」や「キュクロプス」の絵を見つけて気になったことから始まります。
私は子供の頃「ゲゲゲの鬼太郎」が好きだったのですが、ルドンの描く不思議な生き物たちは、まるで愛嬌のある妖怪みたいだなぁと思っていました。
怖さの中に、何故か可愛らしさがある不思議。
石版画集『エドガー・ポーに』より
そんなこんなで、ある時「ルドン展」を観る機会がありまして、そこで私のルドンのイメージは大きく覆されました。
その展示では晩年の、色鮮やかな作品がたくさん展示されていたのです。
えっ、何この色は!?不気味な目玉は一体どこに行ってしまったのか…、と。
しかしよくよく観ているうちに、鮮やかな絵の中にも、モノクロの絵から引き継がれた要素があることに気づきます。
彼はどのような思いで、このような不思議な絵を描いたのでしょうか?
オディロン・ルドンとは
オディロン・ルドン(1840年-1916年)はフランス・ボルドー出身の「象徴派」に分類される画家です。(象徴派には入らないという意見もある)
年代的には印象派と同じ時期(モネと同い年)ですが、夢や精神を神秘的に描く象徴派は、感覚的な光を追求する印象派とは全く異なったものでした。
ルドンの絵と言えば、まるで美しい悪夢のような、人間の目や首・よく分からない細胞みたいなものが浮遊する世界観のイメージ。
(そう考えると、象徴派にあっさり分類するにはモチーフがシュールすぎておかしな感じもしますね。)
「怖い絵」で紹介されていた作品は<黒の時代>と呼ばれる50歳までに描かれたモノクロ作品が多いです。
50歳以降(結婚→息子誕生後)は、まるで人が違ったかのように、急に色彩溢れる絵を描き始めます。
ルドンは親に愛されない寂しい幼少期を過ごしたようですが、幸せを掴んたことで何か心境が変わったのでしょうか?
…でも色鮮やかな時期の絵もどこか仄暗く、暗い過去を引きずっているように感じます。
石版画集『夜』より
ルドンの要素・夢の起源
ルドンは20歳の頃、植物学者「アルマン・クラヴォー」と出会います。
クラヴォーは海草について研究していて、生命の神秘や自然科学、顕微鏡の中の世界にルドンは魅了されました。
また彼は読書家でインド哲学や当時流行っていた詩なども教え、その中でも「シャルル・ボードレール」や「エドガー・アラン・ポー」はルドン作品の中でもリスペクトされています。
ルドンの絵には浮遊する細胞のような物体、虫や植物が度々登場しますが、これらはクラヴォーの影響によるところが大きいと思われます。
また24歳の頃、銅版画家「ロドルフ・ブレダン」にエッチングの指導を受けます。
ブレダンは<死>をモチーフにしたダークな幻想風景をよく描いており、まるで小説の挿絵のようなそれは見るものを幻想の世界に誘います。
暗い幼少期を送ったルドンは、その怪奇な作風を見て甚く感動し、憧れたのではないでしょうか。
イアン・ウッドナー・ファミリー・コレクション
ルドンの作品は、孤独な幼少期に培った想像力、上の2人から学んだこと、そしてどこか退廃的な時代の雰囲気が大きく影響していそうです。
<黒の時代>と版画たち
28歳の頃、画家「アンリ・ファンタン=ラトゥール」から石版画(リトグラフ)の指導を受け、転写紙を使う方法を学びます。
それは直接石版に描くやり方とは違い、仕上がる絵が反転することを気にしなくてよいもので、ルドンはこの方法を好んで石版画を制作していました。
画集は合計12種類あります。
- 1879年、最初の石版画集『夢のなかで』を発行。
- 1882年、石版画集『エドガー・ポーに』を発行。
- 1883年、石版画集『起源』を発行。
- 1885年、石版画集『ゴヤ讃』を発行。
- 1886年、石版画集『夜』を発行。
- 1888年、石版画集『聖アントワーヌの誘惑第一集』を発行。
- 1889年、石版画集『聖アントワーヌの誘惑第二集』を発行。
- 1890年、版画集『悪の華』を発行。
- 1891年、石版画集『夢想(わが友アルマン・クラヴォーの思い出のために)』を発行。
- 1896年、石版画集『聖アントワーヌの誘惑第三集』を発行。
評価が一番高い画集は、それまでの珠玉の作品を集めた最初の石版画集『夢のなかで』のようです。発行も完全予約制の25部限定で、なかなかに少ないです。
『悪の華』はフランス近代詩の父と呼ばれ、フランスでもっとも有名な詩人のひとり「シャルル・ボードレール」の詩集『悪の華』を挿絵化したものです。
石版画集『夢のなかで』より
<色彩の時代>の絵画たち
色彩時代のルドンは、油彩・紙にパステルなどの画材を好んで使用していました。
モチーフは神話や宗教などに関連するものが多くなり、室内装飾の仕事をした関係で、美しい花を生けた花瓶などの絵も描くようになります。
好きなルドンの絵
「キュクロプス」(サイクロプス)とはギリシア神話に出てくる鍛冶技術を持った単眼の巨人。
この絵は不恰好であどけない瞳の巨人が、海神ネレウスの娘ガラティアに恋をする、神話の場面です。
画面手前はガラティア・花々が配置されて鮮やかですが、画面奥にいくに従ってどんどん暗雲が立ち込めていくようで、これから起こる悲劇を物語っています。
イアン・ウッドナー・ファミリー・コレクション
「ベアトリーチェ」とはダンテの「神曲」に出てくる女性で、愛を象徴する存在として神聖化された「永遠の淑女」。
朝焼けの光に溶け込むように描かれた、神秘的な雰囲気の絵です。青とオレンジの補色の組み合わせが、いっそう肌部分を輝かせています。ふんわりとした雰囲気はパステル独特のものですね。
ルドンは「横顔」を好んで描いていたようですが、正面の風貌が分からない「横顔」は観る者の想像力を高め、物語を空想させます。
いかがでしたか?
私がルドンに惹かれる理由は、おそらくその絵に暗示された物語性です。
特に黒の時代は、あまりそれらについての文献がないので(あんまり意味はなく、その時のイマジネーションを描いていたとの解説が多い)難しいのですが、やっぱり観ているといろいろ想像してしまいます。
暗いのに何処かユーモラス、時に中二病で夢見がち。
こういう絵を描く人って、暗いようで実は頭の中は明るいんじゃないかなぁ、と思う今日この頃です。
参考文献
「オディロン・ルドン展」図録(1989年)
「オディロン・ルドン-夢の起源-」図録(2013年)
※作品画像はパブリックドメインのものを使用しています。